2009年6月27日 (土)

親が来た

3ヶ月だから、 と言う訳でもないのだけど、 両親がサクの顔を見に 5時間かけてやってきた。

ええと。 大丈夫でした、わたくし。
細かいことを言えば いろいろあったのだけど、 いちいち腹が立たなくなった というか
なんだろな、 受け流せている自分にビックリ。

トゲトゲが 抜けたのかなあ・・・

いや、ま、 それなりに 疲れましたけどもさ。

  

昨晩は 両親と総勢5名で 近くの料理屋さんで 簡単な懐石を食べた。
サクは昨日が 外食デビュー。
どうなることかと思っていたのだが、 個室で座敷なら なんとかなるもんですね。
途中で1回授乳、 それから 盛大にうんち。
大泣きもせず、 がんばりました、サクさん。

それと今日は 近所の写真館へ行って 記念写真を撮ってきた。
しかし ちょうど眠い時間にあたってしまって 終始ぐずぐず。
あれやこれやで どうにか写真をとった後は 爆睡 → 久しぶりのギャン泣き → 爆睡。

お出かけが続くと どうしても、 この時間には授乳をして、 この時間には移動して、 と
大人の都合を無理強いする事が多くなる。
疲れたのかなあ。  ごめんね、サクちゃん。

  

本日、ベビーベッドの柵を 初掴み。

047  

  
  逆手

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2009年4月27日 (月)

ぶれる

サクに添い寝をして昼寝をしていたら、 実母より電話が来た。
1か月だね、どお、 という 他愛もない話をして 電話を切り、 サクの隣に戻ったら、 涙がポロポロこぼれた。

娘を支配したい母と 親の呪縛から逃げられない私を 何年もかけてようやく引き離し、 多少は楽に付き合えるようになってきた。
自分が娘を持った所で 「私もこんな風に愛されていたのね・・」 なんて 思う訳ではない。
その辺りは 最初から織り込み済みで、 その上でなお、 距離を置くことを選択している。

でもね。 涙が出た。

娘に 甘えてもらえない母。 娘に 心を閉ざされている母。

なんて 悲しいんだろう。

なんて 悲しいんだろう。

たまらず、 もういちど起き上がって 母に電話をかけた。

「あのね、お願いがあるんだけど。 お惣菜とか、送ってくれない?」

  

10年ぶりの おねだり。 母も驚いたに違いない。 「まったく、しょうがないわねえ」 と 相変わらずの 支配口調だけれど。 近づいて行ったら 痛い目にあうのは自分だと あんなに思い知らされたけど。 この先 どういう風に付き合っていくか 解らないけど。 

・・・ なんだか   ・・・・ とりあえず、 今はもういいや。

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2009年2月 9日 (月)

ジツボのコケン

久しぶりに 実親ネタ。

引っ越しで あちらこちらへの手続きやら 片づけやら バタバタしていたら、 実母より電話がかかってきた。 引っ越しでちょっと ハイになっているおかげか、 今日は 強気で対応できたので、 問題なく乗り切れた。 良かった。

要件は

初七日 御七夜はどうするんだ、 お宮参りはどうするんだ、 お食い初めは、 雛人形は 云々。

実母は 「こうしなければいけない」 という思い込みが、 とても強いヒトだ。 齢65にして、 明治の女バリの 頑なさ。 「子供が産まれたら、 女親の郷里は、 あれをしなければいけない、 これをしなければいけない、 何もしないのは恥、 沽券にかかわる」 というタイプ。 人の為に何かをする場合でも、 相手がどうして欲しいかは さておき、 自分がどうしたいか、 が 何よりも優先。

それだけならまだしも、 「こうしなければいけない」 ということを やらない人は、 すべて 見下す対象になる。 「○○(姪っ子)の お宮参りの時は、 △△(兄の前妻)さんの郷里が 衣装を用意するものだとばかり思っていたら、 ○○は 普段着で、 まったく △△さんの親は 常識がない」  とかね。

言うだけ無駄なので 放っておくけれど、 そんな事言う人間の方が、 よっぽど つまらん。

ワタシは、 それぞれが 思う道を進めば良い、 と思っている。 

お母さんが思う事と ワタシが思う事は 違っていて でも どちらも正しいんだから、 お互いに 干渉するのは やめましょう。

と、 言えた。  言えたのよ、今日は!  ええ、 これを口にするまでに、 どれだけの涙を流したか。

言ったところで、 理解はされない訳で、 結局同じ話を 何度も繰り返すことになるんだけど、 でもまあ いいの。 言えたから。 私自身が 気持ちを強く持っていれば、 負けることはない。

  

ワタシは 御七夜も お宮参りも お食い初めも 興味なし。 ヒヨさんがどうしても、 というならやるけど、 まあ たぶん 言わないだろうから、 やらないだろうと思う。

実母は あきれかえって、 なんとか 「改心」 させようとする訳ですが。 ま、 ワタシにそれをゆっても 無駄だね。

結局、 「お宮参りの服」 と 「雛人形」 は、 どうしても 実母が買いたいらしい。 どっちも いらん っちゅーのに。 雛人形なんか、 来年だ っちゅーのに。 第一、 女の子と決まったわけでもないのに、笑。
どうせなら 別のもの買ってくれ、 と ゆってみたけど、 まあ 無駄な抵抗でした。 

あほくさ。

ちなみに お食い初めの食器も買いたいというので、
深川製磁の お食い初めセットにしてくれ」 とゆってみたら、 それは断られた。 笑。

飾り物じゃなくて、 本物の子供食器なら 欲しいんですけどね、ワタシ。

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2008年11月25日 (火)

実家

2年ぶりの実家滞在は 夕方5時から 翌朝10時まで。 途中でブチ切れて そのまま帰ってくる、というのも 想定していたのだけれど、 実際には 大きなもめ事も無く クリアできてよかった。

細かい抑圧を バサバサと切り捨てられるようになったワタシは、 以前よりいくらかは 強くなったんだろうか。

ワタシの居ないところで ヒヨさんに向かっては さまざまなプレッシャーをかけていた様だけれど、 少なくとも 面と向かってワタシに言わなくなった、 と言うことは、 ワタシの怒りが 少しは伝わった、 ということなんだろうか。

・・・・・・ まあ 1歩前進かなあ。

  

でも 彼らは、 娘がこれほど苛立つ理由が 「さっぱりわからん」 のだろうなあ。

  

気を許してはいけない、近づいてはいけない。 イタイメニアウゾ。

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2008年11月21日 (金)

2年ぶり

ちょうど季節だから 由比で桜エビを食べよう とか
仲良しのねぎちゃんに 久し振りに会いに行こう とか
独身時代にヒヨさんと行ったフレンチを 食べに行こう とか
大好きな 翁の新蕎麦も 食べに行こう とか

たくさんのおまけをつけて たくさんのカモフラージュをしないと、 とてもじゃないが 足が向かない訳です。

  

2年ぶりに 実家に行ってきます。 

鬼が出るか蛇が出るか。

  

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今日の google 。 グッときたぜよ。

Magritte08   

  ルネ・マグリット生誕110周年

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2008年10月21日 (火)

不機嫌

父より電話。 順調か、お母さんの助けは要らないのか、などなど、 内容は ごく普通。

さて。 たったこれだけの事で ワタシは どうしてこうも 不機嫌なんでしょうかね。 

1.嫌いな相手に 順調か、なんて聞かれるのは不愉快。

2.お母さんが手伝いになんてやってきたりしたら、ストレスで死んでしまうと 思っているのに いつまでたっても その事に全く気付いていないところが むかつく。

  

系統だてて考えられないのだけれど

ワタシはもう 父とも母とも 関わりたくない。  関わりたくないのに、来月には 実家に顔をだそうか という話になっているのは どうしてなんだろう。  なんとなく 行かなきゃいけない と思ってるのは どうしてなんだろう。 本当に 行かなきゃいけないのかな。 どうして 行かなきゃいけないのかな。 どうして 電話かけてくるのかな。 どうして 電話にでないといけないのかな。 自分たちが 嫌われている、 眠れなくなるほど嫌な思いをさせている、 っていう 自覚はないのかな。  親子だからなんとかなる、 って 思ってるのかな。 そういうところがまた 嫌なのに、 なんで 電話にでちゃうのかな。 電話に出ないと なんで 苦しいのかな。

訳が解らん。 呪縛。 結局、 親離れできてない訳よね。 ああやだ。

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2008年9月11日 (木)

親問題

昨日。 ちょっとした事情で、 実家から電話がかかってきた。

かかってくるのは、解っていた。 普段なら 無視して、 夜になってから ダンナが折り返す のだけれど、 ダンナは タイミング悪く 出張中。 留守電の声に耳をふさいでいても、 なんどかかかってくる 電話の恐怖に すっかり胃をやられ。  出るも地獄、出ないも地獄。  プレッシャーに負けて、 先ほどかかってきた電話に  ついつい 出てしまった。

ま、結果は 案の定というか。

内容は 世間話のレベルだ。 それなのに。 小さな 嫌なこと、 失礼なことばかり 言われて、 心底ぐったり。 喉の奥で たくさんの言葉をかみ殺す。

しみじみ 思うのだけれど

いったいどうして こんなに嫌な思いをしながら 付き合い続けないといけないんだろう。

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2008年8月19日 (火)

早まった

母子手帳を貰ったら なんだか変なテンションになってしまって、 うっかり 義理実家に妊娠を報告してしまった。

結婚して8年半。 両方の実家とも、 後半はもう 何も言わなくなっていて、 勝手に諦めてくれていたんだろうし、 治療のことも話していないので、 それはもう 腰を抜かさんばかりに ビックリ。 皆が待ち望んでいたことは 痛いほど解っているので、 とりあえず、 喜んでもらうことができて 良かった。 

でもなあ。

早まったかなあ。

ようやく、 トイレが怖くなくなってきたくらいだ。 まだ 毎日緊張して 心臓ドキドキして、 ちょっとお腹が痛くなれば 真っ青になる。 治療のことは話してないし、 これから話すつもりもないので、 解ってもらおうとも 思っていないのだけれど、 そういう所にかかってくる 呑気な電話は、 案外 ずっしりくる。

先々の楽しい話とかさあ。 性別はどっちだろうとか、 どこで産むのとか、 これから大変よとか、 産まれたらそれはそれは可愛くてとか、 安定期に入ったらどうのこうの、 とかさ。 今は不安だろうけど 大丈夫よ って 言われてもねえ。 その不安、 じゃ ないんだよ、 とは言えず。

「もわちゃんは これで最後なんだから 頑張って♪」 なんて 朗らかに言われた日には weep

やっぱり もう少し、 黙っておけば良かったなあ。

 

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2008年7月 8日 (火)

反芻

七夕。 コドモの頃は毎年、父親がどこからか 大きな竹を切ってきて、 本格的な笹飾りをつくった。

ワタシは あまり覚えていないけれど 考えてみれば当時の両親は、今のワタシと同世代。

郊外にローンで家を建てて。 七夕には コドモたちが 笹飾りをつくる。 家族の青春時代。 父さんと母さん、 楽しかっただろうな。

齢をとり、息子とも娘とも疎遠になり、 若かった頃のこと、 子どもたちと喧嘩をしたり笑ったりしていた頃のことを、 繰り返し思い出しながら暮らしているのだろうか。

悲しい。

だからといって 今のワタシには 何もできないのだけれど。

「何のために生きているのか解らない」 と ヒステリーを起こす母に、 「それでもアナタは 子供を産めたんだから いいじゃないか」 と 言いたい衝動を ぐっと堪えて。

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2008年5月14日 (水)

共依存

花粉が終わったので、久しぶりに自転車で外へ出た。 郵便局。 ダンナが出張先で捕まったネズミ捕りの反則金、1万5千円お支払い。 22キロオーバーだとさ。 やれやれ。

手続きすませて帰ろうとしたら、局員のオバちゃんが 「こんなのどうですか、父の日のギフト・・」 と、チラシを出してきた。 ああ、いいです、ごめんなさいね、と断りながら、ココロの中で小さくつぶやく。 父はいませんから。

もともと 実親との関係は 問題をかかえている。 端的にゆって、共依存なんだと思う。 何年もの間、実態が解らないまま散々苦しめられて、 法的に縁を切る方法は無いものかと調べた事もあるし(結論を言えば、無理らしい)、 両親二人一緒に死んでくれたらどんなに楽かと思ったことも一度ではない。

厄介な事に、問題は親側だけでなく ワタシの方にもある。 褒められたい、愛情を受けたい。 頭撫でられたら、尻尾を振ってついて行ってしまうバカ犬。 一時の怒りで絶縁状態になっても、時の経過とともに まあ、いいか、我慢すれば良いか、母さん泣いてるだろうな、可哀想になあ・・・・  なんてね。 元の木阿弥。

そんなことを何度も何度も繰り返して、 それでこの前の判定日の電話。 もうねえ。 ほとほと、疲れた。 たくさん我慢をしてきて、もう、我慢するの、イヤだ。 本当に、やだ。

さて。 どうしたものか。 ダンナとディスカッションして、いくつか結論をだした。 とりあえず 距離を置く。 両親からの電話には出ない(そのためにナンバーディスプレイを導入)。 一切の縁を切るわけにはいかない(と、ダンナは言う)ので、ダンナは両親からの電話にも出る。 イベント時のプレゼントなどは、ダンナが1人で実施。 ワタシはノータッチ。 距離を置いている間に、ワタシは、嘘をつける精神力を身につける。

そう、ここが大事。 嘘をつける、ということ。 両親からの負荷を真正面で受け止めるから、やられてしまうんだよ、と、ダンナ。 適当に 嘘ついて流しちゃえばいいんだよ、って。 うむ。 そのとおり。 真正面で受け止めてしまうというところが 即ち バカ犬の問題点なんだけどね。 これをなんとか、頑張って。 親が何言おうと、関係ないよ~ って 思えるように。

そうこうしていたら、父より手紙。 「お前は父を助けろ」 という命令口調の手紙。 甘え。 ええ、はい、胃が痛いです。 かなり穴が開いていると思われます。

負けるもんか。 シカトだ、シカト。

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2008年2月14日 (木)

母地雷

久々に踏んでしまった。 母地雷。

実の両親とは、あまり上手くいっていない。 理由は案外シンプルだ。 娘を思いどおりにしたい親と、親の思いどおりになんかなる訳がない娘、ということ。 何年もの間、散々喧嘩をして、解ってもらおうと説得もしたけれど、結局のところ、向こうを変えることは無理だという結論に達した。 相手が変わらないなら、自分が変わるしかない。

接触時間は短く、本音はけして口に出さず。 解ってもらおうなんて 甘えた考えを出せば、すぐにつけ込まれる。 両親が気の毒だとも本当に思うのだけど、そうして情け心を出すと、何倍にも傷つけられてしまう。 踏み込まないように、踏み込まれないように、注意深く、注意深く。

ここ何年かは、そうして上手くやってきたのだけれど、タイミングが悪かった。 よりによって、判定日。 あと10分くらいで家を出る、という時に、電話がかかってきた。

特に用は無いらしい。 元気? と、母。 そのくらいの世間話に付き合ってやる度量はあるが、なんせ時間が無い。 「うん、ちょっとこれから出かけなきゃならないので、あんまり時間無いんだけどね」 と ワタシ。ミス1。

「どこ行くの?」 「うん、ちょっとね」

「お使い?」 「違うよ、ちょっとね」(ミス2)

普通の人なら、行間読んでそれ以上追及しないもんだと思うのだけれど、ここから怒涛の攻撃。

「どこ行くの? 言いなさいよ、何で言わないのよ」 

普段だったら、適当な嘘を言ってそれで済む話なのだが、本当に間が悪かった。 ワタシには全く余裕が無かった。 だって、これからワタシは、自分たちの胚盤胞の死亡宣告を受けに行くんだぜ

とっさにゆった言葉が、最大のミス。「別に心配するようなことじゃないんだけど、言いたくないの。いいかな?解った?」

母、確実に発火。 「何それ、浮気? 言いなさいよ、何で言わないのよ、まったくアンタは何でそんな子になっちゃったんだろうねえ。 そんな風だからアンタは○○なのよ、心配でしょうがないわよ、まったくアンタは・・・」 ウンヌン。

・・・・ 何でこんな事になるんだろうなあ。 さっぱり意味が分からないよ、お母さん。 たぶん、死んでも分かり合えないと思うよ、悲しいけれど。

クリニックに向かう車の中では、判定のことよりも母に対する憤りで頭がイッパイだった。 お陰で陰性のショックが軽減された気もするけど(笑)

だいぶスケールは違うけど、皇室の「苦言」報道なんか見ていると、彼らも大変だなあ、と思う。 雅子さん、傷ついているだろうなあ。

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2007年12月13日 (木)

父と義父

父より久しぶりに電話。 実家の父母と電話で話す時は、いつも探り探りだ。 喧嘩にならないように、傷つけないように、傷つけられないように。 やっぱり親なので、どうしても甘えが出て本音で話してしまったりするのだけれど、そうすると向こうにも甘えが出て、ズカズカ踏み込んでくる、ということが、何年かの苦闘の末にようやく解ってきた。そうやって何度もグサグサ刺されて泣いて、ということを繰り返すうちに、一線を引いた関係が持てるようになってきた。 向こうは不満みたいだけどね。おそらく解ってくれてはいないけれど、少しは諦めてくれたのかなあ と思う。 父と母に、ニコニコ笑って暮らしていて欲しい、と誰よりも望んでいるのはワタシなのにね。 親子というのはムズカシイ。 

今日はでも、うまく話せた。 この前送ってもらったりんごがとても美味しかったこと。もみじマークは初心者マークのように優遇措置があるのでつけた方がお得だよ、ということ。 なんてことない、世間話なのだけど。 腫れ物に 触られないように、 慎重に、慎重に。

父の用件は、お墓を買ったんだよ、という話。 すでに母から聞いて知っていたし、その時の母の言葉には 「まもなく死ぬのだから親孝行しなさい」 という無言の脅迫が織り込まれていてとても辛かったのだが (親孝行については長くなるので、またいずれ)、 父の言葉は案外ライトだった。

「もう長くないからさー」 「そんなことゆって、あと何十年も生きるんじゃないの、がはは」 「そんなことないよ、がはは」

普通の親子なら、普通の会話かな、これは? ワタシの場合は、こういう軽口を叩けるまでに、ずいぶん時間がかかった。 普通に会話できて、良かった、ほんとに。

一度お墓に案内したいからさ、と、父。 うんうん、と聞いておいたが、顔を出す気のないワタシ。 最後に実家に行ったのは、ちょうど1年位前だ。 その前はたぶん2年以上あいている。 日帰りできる距離ではないので、行けば泊まらない訳には行かないのだが、泊まるほど長時間滞在すると、立ち直れないほど傷ついてしまう事が解っているので、なかなか勇気が出ない。 ちょっと食事とかね、2~3時間なら仲良く過ごせるんだけどなあ。

「顔は出すけど外のホテルに泊まります」 って  口に出すことさえできたら、もっと遊びに行けるのにな って 思う。 怖くて言えないんだけど。 そんなことゆったら、リアルに泣くもんなあ、母さん。 この泣いてしまう距離感自体が問題だと思ってはいるのだけれど、なかなかねえ、どうしたものか。

まあ、年明けから凍結胚移植だしね。 どのみち、しばらくは無理。 ごめんね、父さん。 いろいろ決着がついて、精神状態が安定したら、きっと行きます。

そんなワタクシ。 実は、明日からダンナ実家へ(親不孝モノ)。

義父はこの数ヶ月、審判待ちの身だった。 去年の夏に癌が見つかり、8時間の大手術を受けた。 なんとか1年過ぎた頃に、転移が疑われる影が見つかり、3ヶ月待って再診、更に1ヶ月待って別の検査、と、ジリジリ待たされていた結果が、ようやく昨日出た。 シロ。 もちろんこれで無罪放免ではないのだけれど、とりあえず1年の猶予はもらったということだ。

ヨカッタ。 こうして1年1年、積み重ねていけますように。 今年もフグご馳走してくださいね、お義父さん (義理親不幸モノ)。

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